織田信長 天下布武の足掛かりとなった美濃平定戦

織田信長

美濃平定作戦

1547年
長年にわたって対立していた尾張と美濃は、信長と帰蝶(濃姫)の婚姻によって和睦を結び、一時の平和が訪れたのでした。

しかし、1556年に美濃の斎藤道三が「長良川の戦い」で息子・義龍(よしたつ)に討ち取られてしまったことで、両国の関係は崩れていったのです。

父・斎藤道三を討ち取った斎藤義龍は、5年後に急死してしまいます。
それは、織田信長が駿河の大国・今川に「桶狭間の戦い」で大勝利を治めた1年後でした。

美濃国では、義龍の子・龍興(たつおき)が新たな当主となります。
この時の龍興の年齢は、14歳または16歳とも言われています。

1563年
美濃を織田の領地にすることは、信長の父・信秀の悲願でもありました。

齋藤義龍が急死は、信長にとって絶好の機会が訪れたといえます。

早速、あらゆる手を使って美濃侵攻を試みた織田信長。

しかし、斎藤家重臣の美濃三人衆(氏家卜全、稲葉一鉄、安藤守就)と竹中半兵衛によって、ことごとく阻まれて突破口を見いだせないでいたのです。

そこに追い打ちをかけるように、中美濃の抑えを担っていた織田一族の犬山城城主・織田信清が、突然反旗をひるがえして齋藤家についてしまったのです。

犬山城は、美濃から攻められたときの重要な防衛拠点だっただけに、これまでとは大きく異なる戦略を求められる事となりました。

美濃戦略評定
1563年 信長の居城・清須城で美濃戦略の評定が開かれました。

その評定には、織田家の重臣が勢揃いしていました。

信長を待つ一同は、犬山城城主・織田信清の突然の寝返りもあり、皆険しい表情をしていて重苦しい空気が一帯を漂っていました。

信長が評定に姿を現すと、広間の空気が一気に張りつめたのです。

織田信長
「美濃を我が領土にするのは、父・信秀からの悲願だったのは、知っているな。」

「マムシ(道三)殿も息子の義龍に譲るくらいなら、儂に任せたいとも言っていた。」

「今の美濃・当主は、小僧の龍興だ。」

「この機会を逃したら、美濃を手に入れるのはいつになるかわからん!」

「誰か、美濃侵略の良い案を持っているものはいないか?」

柴田勝家
「殿、これまで通り西美濃を中心に攻めていきましょう。」

「中美濃の織田信秀など、西美濃攻めが落ち着いたら儂が一気に攻め落としてくれます。」

丹羽長秀
「殿、中美濃は齋藤家にとっても織田家にとっても重要な拠点と言えます。」

「まずは、全軍で織田信清が籠る犬山城を攻めて奪還するべきです。」

「事を急げば、足元をすくわれてしまいます。」

柴田勝家
「臆病な織田信清など、放っておいて一刻も早く龍興のいる稲葉山城を攻めるべきです。」

丹羽長秀
「お前のイノシシのような考えで、どれだけ多くの兵が亡くなっていると思っているんだ!」

柴田勝家
「腰抜けのお前になんか言われたくないわ!」

織田信長
「黙れ! もうよい。」

「他に儂を驚かすような考えを持ったものはいないか?」

重臣たち
「・・・・・・」

木下藤吉郎(羽柴秀吉・豊臣秀吉)
「あのー、よろしいでしょうか?」

皆が振り向くと、広間の外の庭に小さな男が座っていました。

評定に参加していた多くの重臣は、怪訝な表情で庭にいる小さな男を見たのでした。

佐々成政
「おいっ! ここは、お前が入れるようなところではない。」

「立場をわきまえろ。 今すぐ此処から出ていけ!」
広間の隅にいた佐々成政が怒鳴って、藤吉郎を追い払おうとしたのです。

織田信長
「成政、大丈夫だ。」

「このサルみたいな奴を此処に呼んだのは儂だ。」

「こいつは、常人では思いつかない面白い発想をするから良く聞いておけ。」

「話してみろサル。」

木下藤吉郎(羽柴秀吉・豊臣秀吉)
「では、広間に用意しました絵図をご覧ください。」

「織田信清殿がいる犬山城は、西から侵攻してくる敵国の防衛拠点になります。」

「また、中美濃を監視するという大事な役割を担っています。」

「今回、織田信清殿が寝返ってくれたことによって、見えなかったものがハッキリと見えたのです。」

「美濃を攻める道筋がハッキリしたのです。」

柴田勝家
「ええい、まわりくどい! 具体的に早く話せ。」

木下藤吉郎(羽柴秀吉・豊臣秀吉)
「はい、申し訳ありません。」

「我々は、まずは犬山城を急ぎ攻略します。」

「続いて、木曽川沿いを北に向かって進軍していきます。」

「この先にある鵜沼(うぬま)城、猿啄(さるばみ)城を攻略したら、中美濃の加茂野(かもの)方面に向かいます。」

丹羽長秀
「それでは、斎藤家の本拠地である稲葉山城に行くには遠くないか?」

木下藤吉郎(羽柴秀吉・豊臣秀吉)
「確かにそうでございます。」

「この作戦は、稲葉山を攻めることが目的ではございません。」

柴田勝家
「バカか、お前は! 本拠地を攻めないで美濃を取れるわけがないだろ。」

織田信長
「勝家、最後まで話を聞け!」

柴田勝家
「すみません。」

木下藤吉郎(羽柴秀吉・豊臣秀吉)
「では、続きをお話します。」

「中美濃の加茂野に向かった我々は、堂洞(どうほら)城、加治田(かじた)城なども攻略していきます。」

「そして、中美濃を抑えることで稲葉山城のある西美濃、信濃と隣接する東美濃を分断することが出来ます。」

丹羽長秀
「なるほど! 殿、これは実に面白い作戦ですね。」

織田信長
「長秀、お前もそう思うか。」

「儂は、この話を聞いたとき思わず笑ってしまったわ。」

「これが成功すれば、稲葉山城を攻めなくても齋藤家の力を大きく削ぐことができる。」

丹羽長秀
「確かに稲葉山を直接攻めるより時間が掛かりますが、斎藤家の求心力を確実に下げることが出来ますね。

「最後の稲葉山攻めるにしても兵力を失わなくてすみそうです。」

織田信長
「皆の者、よいな。」

「今、サルが話した作戦を決行する。」

柴田勝家
「殿、ちょっと待ってください。」

「ここ(清須城)から中美濃まで直接行くには距離がありすぎませんか?」

織田信長
「確かにそうかもしれん。」

「勝家、お前ならどうする?」

柴田勝家
「私ならここ(清須城)と犬山城の中間にある小牧山に城を築いて、そこを拠点にしてはどうかと考えます。」

織田信長
「それは良い案じゃないか。」

「小牧山に急いで城を築くように人を動員するのだ。」

「この作戦がバレてしまっては、元もこうもない。」

「勝家は、引き続き犬山城と信清の動向を監視してくれ。」

「(佐久間)信盛は、西美濃方面で不穏な動きがないか探ってくれ。」

「では、今日の評定はココまで!」

織田信長は、小牧山城の築城を急がせました。
城が完成すると直ぐに本拠地を清須城から小牧山城に移したのでした。

従来であれば、本拠地を移すことは中々しませんが、そういう所にこだわらない早い行動が信長の勢力拡大に繋がったのかもしれません。

竹中半兵衛の夜襲
1564年2月6日  夜半
突然、稲葉山城の城内が騒がしくなりました。

斎藤龍興
「おい! こんな夜遅くに何事だ?」

側近
「織田軍が、稲葉山城に夜襲をかけてきたとの報せが入りました。」

「殿、私どもで護衛をいたしますので直ぐに城から脱出してください。」

斎藤龍興
「なにっ! 織田軍だと?! 織田軍が美濃に入ったのを誰も知らなかったのか?」

「まあ、よいわ。 すぐに城を出るぞ。」

この夜襲は、織田軍によるものではありませんでした。
斎藤家に仕えていた竹中半兵衛によるクーデターだったのです。

斎藤龍興は、酒色に溺れて政(まつりごと)を放棄していたため、家臣たちの指揮は落ちるばかりでした。

そんな斎藤龍興の目を覚まそうとした竹中半兵衛は、驚きの方法で城を乗っ取ってしまうのです。

ある夜、竹中半兵衛はわずかな家臣を伴って人質となっていた弟の見舞いと偽って稲葉山城に入ります。

入城に成功した竹中半兵衛たちは、隠していた甲冑に着替えて
「織田が攻めてきたぞー!」と城内で騒ぎ始めたのです。

突然の襲撃に城内は大混乱となり、龍興だけでなく多くの兵が城外に逃げてしまったのでした。

それによって竹中半兵衛は、わずかな手勢で稲葉山城を奪取したのです。

これを聞いた織田信長は、竹中半兵衛に
「美濃国を半分与えるので、稲葉山城を譲るように。」
と交渉します。

しかし、これを断ってしまうのです。

稲葉山城を奪ってから半年後、竹中半兵衛は斎藤龍興に城を返してしまいました。

それからしばらくの間は、政(まつりごと)を離れて静かに暮らしたのです。

竹中半兵衛が、羽柴秀吉の軍師として再び表舞台に出て活躍するのは、もう少し後のことです。

美濃侵攻

犬山城包囲
1564年8月 小牧山城

織田信長
「皆の者、予定通り明日から中美濃を侵攻する。」

「まずは、総勢1万の軍で織田信清のいる犬山城を包囲して兵糧攻めにする。」

「犬山城を奪還したら、中美濃へ進軍だ。」

「これは時間との勝負だ。 相手が動く前に先手を打つ。」

「では、皆の者。 出陣じゃー!」

家臣たち
「おーっ!」

織田信長を総大将として、丹羽長秀、森可成、池田恒興など総勢1万で小牧山を出立した織田軍。

犬山城を包囲すると、全ての路を封鎖した徹底的な兵糧攻めにはいります。

負けが明らかになったことを知った織田信清は、犬山城を僅かなものと密かに逃亡したのでした。

その後、犬山城に残っている兵たちは降参して織田軍に城を明け渡しました。

信長は、犬山城に森可成と池田恒興の隊を残して守りを固めて、中美濃に向けて侵攻したのです。

中美濃へ侵攻
1565年
中美濃に侵攻した織田軍は、木曽川を越えた先にある伊木山に砦を築き、そこを拠点とします。

織田信長
「ここから隊を分けて、中美濃にある城を一斉に攻め落とす。」

「まずは、秀吉! お前には鵜沼城攻略を任せた。」

「(丹羽)長秀と(佐々)成政は、6千の兵で猿啄城攻略するのだ。」

「(森)可成と(池田)恒興は、犬山城の守備をしながら烏峰城を攻略するのだ。」

「儂は、ここで報告を待っている。 そして何かあれば、儂ら本隊が救援にいく。」

「では、準備が出来次第、各自出陣するのだ。」

重臣たち
「はっ!」

数日後、城の攻略に成功したという最初の報せが信長の元に届きました。

その武将の名は、木下藤吉郎(羽柴秀吉)です。

織田信長
「あのサルめ、本当に一番乗りで城を攻略したな。」

木下藤吉郎は、必ず自分が一番初めに城を攻略しますと信長に宣言してから出陣して
いたのでした。

森可成と池田恒興の隊も出陣までの準備に時間が掛かってしまいます。
しかし、烏峰城に到着すると城内の兵が全て逃げてしまったため、戦わずして城を手に入れたのでした。

丹羽長秀、佐々成政の隊による猿啄城攻略は、相手の抵抗が激しく苦しい戦いとなりましたが落城させました。

調略・風評作戦
城を次々と攻略した織田軍。

休む間もなく、次の目標である加茂野方面へ侵攻したのでした。

加茂野方面の関城、堂洞城、加治田城の城主は、連合して織田軍を迎えるはずでした。

しかし、加治田城主の佐藤忠能が織田軍に寝返ったことで、中美濃を速い段階で手に入れることが出来たのです。

美濃の分断に成功した織田信長は、
「美濃・斎藤家が弱体したことを知った武田が攻め込んでくるらしい。」

「東美濃も織田方に寝返った。」

「西美濃でも次々と織田方に寝返っているみたいだ。」

など間者たちをつかって噂を流したのでした。

竹中半兵衛の件もあったので、悪い噂は一気に広がりだして美濃国内は混乱となりました。

そして、この成果は直ぐに現れます。

西美濃の大垣城周辺を支配していた斎藤家の重臣である美濃三人衆が、織田に下りたいと言ってきたのです。

美濃の本拠地である稲葉山城までの障害がなくなったことで、美濃を確実に手に入れる機会が訪れた織田信長。

稲葉山城攻め
1567年8月
総勢2万の織田軍が稲葉山城の周辺に各隊にわかれて着陣します。

軍隊の構成は、信長本隊が8千、丹羽長秀隊が3千、柴田勝家隊が3千、中美濃から森・池田隊が4千、そして美濃三人衆の隊が2千でした。

対する稲葉山城には、1万の斎藤軍が籠っていましたが、織田の大軍を目の前にすると明らかに士気が下がっているのがわかりました。

織田信長
「これより稲葉山城を総攻めする!」

「勝家と美濃三人衆は、東から齋藤軍を蹴散らしてしまえ。」

「長秀は、南から攻めて瑞龍寺山を攻略したら、(木下)藤吉郎らの案内で尾根伝いに進軍して、稲葉山を攻めろ。」

「城内の様子を探らせたが、兵糧の備蓄もほとんどなく、(斎藤)龍興も信頼されていないから士気が落ちて統制もとれていないとのことだ。」

「我らが有利と言っても油断は禁物だ。 いつもの戦と同じく心してかかれ!」

重臣たち
「おーっ!」

織田軍による激しい総攻撃が開始されると、士気の落ちていた斎藤軍の前線は、あっという間に破れてしまいました。

各方面から稲葉山城の本丸を目指して攻撃が開始されると、自分の命の危険を悟った斎藤龍興は、僅かな供と隠れるようにして伊勢へ逃亡したのです。」

父の代から悲願であった稲葉山城(美濃)を攻略した織田信長。

織田信長
「稲葉山城は儂のものとなった。」

「これで悲願であった美濃を織田が征圧した。」

「皆の者、かちどきを上げろ!」

「えい、えい、おー! えい、えい、おー!」

まとめ

墨俣一夜城
美濃平定戦では、木下藤吉郎(羽柴秀吉)の奇策による墨俣一夜城の話が有名です。

木下藤吉郎と蜂須賀小六たちが、長良川の上流の山林から切り出した材木を筏(いかだ)にして流し、稲葉山城近くの墨俣に一夜城を築きます。

この城を築いたことで、稲葉山城攻略に大きく貢献したという木下藤吉郎(羽柴秀吉)の出世物語です。

しかし、この話は作り話だったのです。

この美濃平定戦には4年の歳月でしたが、父・信秀の時から考えると非常に長い年月がかかったと言えます。

織田信長は、本拠地を小牧山城から稲葉山城に移し、城を豪華に大改築します。

そして城の名を岐阜城と改名しました。

また、美濃を平定したことで信長の中に次の野望が芽生え始めました。

信長は、この頃から「天下布武」という印判を使用するようになります。

天下統一という大きな野望に向かって本気で歩み始めたのでした。

(寄稿)まさざね君

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武将の甲冑 兜(かぶと) 陣羽織 戦国武将なりきり一色セット 格安レンタル (中古販売可) わら草履プレゼントあり

甲冑と袖
KT-001

上記では「販売価格」と表示されておりますが、レンタル価格となりますので、ご了承願います。
甲冑制作キットは販売終了となりましたが、手元にある手作り甲冑の見本品を中古品(used品)として、ご希望の方「お試しレンタル」(販売可)をさせて頂いております。
本格的に鉄などの素材で頑丈にできているものではなく、柔らかめのプラスチック素材を使用した甲冑になります。

サイズ的には、基本的にフリーサイズですが、身長140cm~175cmくらいの方向けです。
男性でも女性でも大丈夫です。
ウエストサイズは、50cm~90cmくらいまで、対応できると存じます。
ジャストサイズとはならない場合もあるかと存じますので、お試しレンタルにつき、サイズが合わなかった場合には、ご容赦願います。

ただし、お試しレンタルとは申しましても、そのまま甲冑を着て、武者行列などがあれば、出陣しても、はずかしくはない自作品だと自負致しております。
戦国武将関係のイベントやお祭り、鎌倉武士の武者行列などにて、ご活用頂けますと幸いです。

一品ものですので、売れ切れや、貸出中・レンタル中の場合には、ご了承願います。
お買い求めいただける場合には、消毒・補修を行ったうえで、発送させて頂きます。
ただし、製作は手作りであり、尚且つ、使用したことがある中古品のため、完璧なもの、きれいな状態のものをご希望の場合には、お勧めできません。

甲冑をレンタル(借りて)して、武者行列に参加するだけでなく、コスプレ、自主映画など何か撮影に活用されたりするのも、良いかと存じます。
ただし、本物ではありませんので、リアリティーを求める場合には、お勧め致しません。

各写真は、パソコンなど、大きな画面でクリック致しますと、拡大してご覧頂けます。

レンタル期間は、たっぷりの30日間と、余裕があります。
ご希望の場合には、最後まで、説明を、しっかりお読み頂きまして、ご理解の上、ご利用賜りますよう、お願い申し上げます。

甲冑 +袖

販売終了済みの甲冑制作キットをベースに自主製作した制作例(見本品)ですが、そのまま大人の方でも着用して頂けます。
ただの甲冑キットの場合には最低限必要な、基本の部分だけになっています。
しかし、甲冑キットを基本に、かなり工夫を凝らして、製作したものになっています。

甲冑と袖

板は柔らかいプラスチック製で、耐久力がありますし、鉄より軽く、ケガもしにくいです。
また、雨が降っても、プラスチックですので大丈夫です。
下記は背中側ですが、甲冑キットをベースをもとに、かなりアレンジを加えてみました。
少し豪華に見える生地も、前後に使用しております。

甲冑と袖

胸板と背中の部分は、プラスチックと言えども、自身の体に接触すると「痛い」ため、小さめにして、腕などが当たりにくいように設計しています。
全体の長さも、走っても足(腰)などに板が、ガチガチ、当たって痛くならないように、少し短めにしています。
このように実践型です。
紐(ひも)の色が写真では、わかりにくいですが、深緑のヒモを使用しています。
細かいところは、なにぶん「手作り」のため、どうか、ご勘弁願います。

甲冑と袖

特に、肩の部分「袖」(そで)と言う方の防具部分は、甲冑部分ではありませんので、キットには付属していませんが、自主的に制作した部分です。
戦国時代風の小型のもので、陣羽織をうえに着用しても、そんなに邪魔にならないサイズにとご配慮しています。

サイズ的な身長やおなか周りは、着用時に、紐(ひも)の長さなどを調整することで、拡大したり、縮小させたりすることが可能です。
なお、下記にてご紹介する陣羽織を着用すれば、結構、ごまかせます。

首輪

甲冑を着用した際に、首の部分を保護する防具「首輪」(くびわ)です。
これも、甲冑制作キットには付属しておりませんが、別途、自主製作致しました。

首輪

紐の部分は、伸び縮みする、ゴム系の紐をしようしているため、頭の上から、とおすだけで、着用が簡単です。
このように、首にかける際の着用時間の短縮を図っています。

陣羽織

陣羽織は着るだけでも「武将」らしく見えます。

陣羽織

着用回数も少なく、まだまだ、問題なく、ご使用頂けます。
下記は陣羽織の背中部分です。

陣羽織

この陣羽織を着用すれば、その下に来ている自作甲冑に多少なんらかの問題があっても、隠せます。
しかも、大変豪華に見えます。
下記の写真は、製作見本甲冑に、陣羽織を着せた状態です。

陣羽織

もちろん、陣羽織だけを何かの際に着用するだけでも、大注目です。
中古品につき、多少のほつれなどがあるかも知れませんが、ご了承願います。

陣羽織

甲冑の作りが多少ヘタクソでも、このように陣羽織で隠せるので、重宝します。
なお、陣羽織の生地は「薄い」ので、無理に引っ張ったり、破いたりしないよう、ご注意願います。

兜(かぶと)

兜は甲冑ではありませんので、当然、甲冑キットには付属致しませんが、自主的に制作したものとなります。

兜(かぶと)

やはり、兜も、あるとないとでは、大違いです。

兜(かぶと)

市販の安全用ヘルメットから改造していますので、実際に、頭に何か当たっても安全ですし、雨が降ってもぜんぜん問題ありません。
なお、黒い塗装を行いまして、前立て(額の飾り)を「マジックテープ」で取り付けられるようにしています。
そのため、前立ても、下記の通り「2種類」、交換できる仕組みになっています。

兜(かぶと)

前立ては、他にも作れば、いつでもマジックテープで、セットできるのが特徴です。
ただ、前立てなどは、ちょっとの衝撃で、壊れたりする可能性があります。
これは、戦国時代でも、木製であることが多いので、今でも、昔でも同じです。
レンタル中に、どこか壊れたら、なおしつつ、ご使用願います。

ヘルメットの塗装の部分は、若干「はげている個所」がありますが、そのような使用感も、戦闘をくくりぬけてきた感があり、雰囲気が更に出ているようには感じます。
もっとも、すぐそば・近くで、ジロジロとみられることもなく、多くは遠い所から見られるシーンがほとんどだと思いますので、多少、不備があったりしても、心配ありません。
ヘルメットの内部は消毒済みです。

わらじ(わら草履)

「わらじ」(わら草履)は、レンタルでも購入でも、未使用品を1足、無料でプレゼント致します。

わらじ

写真はイメージですので、実物は異なる場合があります。
わらじのサイズはフリーです。

着用ポイント

甲冑の下に着る「衣装」(和服)ですが、昔ながらの武将が着ていた衣装は、ほとんど市販されておらず、自分で服を作るしかありません。
そのため、黒色の「作務衣」(サムイ)にて、代用されることをオススメ申し上げます。


作務衣

作務衣の上に甲冑を着ますので、下の作務衣は、そんなに目立ちませんから、新しく購入するのであれば、安い作務衣で大丈夫です。
色は黒がお勧めで、サムイは普段にもお使い頂けるかと存じます。

胴体に着る甲冑は、紐(ひも)をベルト代わりにして、甲冑の外側で腰に巻いて、固定させる感じになります。
その際に、肩には重心が掛からないように、お腹周りで、固定させて、甲冑を少し上に浮かせるような感覚にすると、肩に当たらず、肩がこらなくて済みます。
実際に、戦国武将も、そのように重い甲冑を着用していたようです。

武者行列など、歩く距離がある場合ですが、わら草履は、アスファルトなど硬い地面だと、すぐに摩耗します。
歩く距離が1kmなど長い場合の「靴」は、地下足袋(じかたび)を、別途購入して、足に履くことを、強くお勧め申し上げます。
普通の足袋ではないですよ。地下足袋です。


祭りたび 黒

なお、地下足袋は、5本指タイプが多いため、靴下を履く場合には、靴下も五本指タイプである必要が生じます。
草履を履く場合も、五本指タイプの靴下があると良いと存じます。(普通の足袋でも可能)

地下足袋を履いて、その外側に、わら草履を履くと「完璧」ですが、実際問題、歩いていると、わら草履は、脱げやすいです。

その他、模造刀なども、Amazonでお安く購入できますよ。


模造刀

ご紹介している作務衣、模造刀、地下足袋、靴下などは、レンタル品には含まれていませんので、ご確認申し上げます。

発送・レンタル期間・ご返送に関して

レンタル品のセットは下記の内容です。

胴体の甲冑と肩の袖、腰に巻く帯、首輪、頭の兜(かぶと)、前立て(2種類)、陣羽織
わら草履は返却不要

日本国内のみへの発送対応となれます。
海外への発送はできませんので、ご了承願います。

配達日の指定は、1週間以上、先にて承り可能です。
レンタルのご予約は3ヶ月前から受付致しております。(予約時に全額決済手続きが必要です。)
※キャンセルは、発送手続き前に限り可能で、キャンセル料は8000円となり、差額のご返金となります。

このレンタルに関しては、お申込み決済のあと、メールにて「配達希望日」をメールにてお伺いさせて頂きますので、連絡をお待ち願います。
ただ、メールアドレスのお間違えなどにより、連絡が取れないケースが多々ございます。
当方より、3日以上経過しても連絡が届かない場合には、その旨、当方まで、メールにてお知らせ願います。

大きなダンボールに梱包して発送手続き致します。
箱は複数個になる場合がありますが、送料は1個分だけ頂きます。(差額は負担致します)
今から1週間以内ご希望という場合には、ご期待に添えない場合があります。
その場合には、全額ご返金にて、取消手続きをさせて頂くことがありますので、ご了承願います。

レンタル期間は、当方が発送手続きした日にちの3日後から起算して、30日間以内とさせて頂きます。
その30日間の間に、ご返送手続きをお願い申し上げます。
返送時の送料は、お客様側にてご負担願います。 (着払いは受取できません)
※送料は地域によりますが、合計で3000円前後、掛かる場合がありますが、ご負担頂きます。

わら草履はプレゼント品ですので、ご返却不要です。

延長料金は1日800円(税別)にて承ります。
事前に30日以上、レンタル希望と判明している場合には、ご相談願います。

レンタル中のご使用において、一部が破損・欠落などした場合には、当方では修理できませんので、お客様側にて応急修理など行い、ご使用願います。
修理をしないと、使えなくなったような破損があった場合には、買取して頂きますこと、ご了承願います。(使用に問題ない破損は許容範囲ですので、ご安心願います)

購入希望の場合

中古販売価格は、51000円(税別)です。
中古購入ご希望の場合でも、まずは「レンタル」して頂きまして、状態などをご確認願います。
「予定」の欄を「購入を前提としたレンタル」として、ご依頼願います。
届いた甲冑など、実物を見てから、購入する、レンタルで終わるをお決め願います。

基本的にはレンタル甲冑のため、レンタルで終わった場合でも、レンタル料のご返金はできませんので、ご了承願います。
レンタル・セットを購入する場合には、差額として「3万円(税別)」を、別途、ご請求することになりますので、ご確認申し上げます。

なお、先にレンタル予約が入っていた場合、そのレンタル終了後に、点検・修理・消毒を行ってからとなりますので、最悪、数ヶ月、お待たせいたしますこと、ご了承願います。

お申込み方法

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図解「明智光秀」(著作:柴裕之)ですが、その名の通り、図や写真をふんだんに用いて解説しており、歴史に詳しい人も、これから勉強したいと言う方にも最適な内容になっている模様です。
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当方の明智光秀解説は下記にて。

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真田幸村・真田昌幸 真田家「六文銭」家紋入り不織布バック~戦国武将研究会オリジナルグッズ

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不織布バックは、ツタヤでDVDを借りた際のバックに似た素材ですが、A4サイズで薄手のものでしたら、色々入れて持ち歩けます。
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なお、只今「甲冑護符高級ストラップ」シリーズをお買い求めの場合には、もれなくこのバックもプレゼントしていますので、よければご検討賜りますと幸いです。
オリジナル「城攻め」新型ステッカーも別途93円(税別)でありますので、両方お求めの場合には送料のちほど調整させて頂きます。

概ね、入金確認の翌日に発送手続きさせて頂きますが、発送対応ができない予定の日程もございますので、発送対応予定日カレンダーにてご確認を賜りますと幸いです。
配達は発送手続きしてから2日~4日後(北海道・沖縄除く)の予定です。(運送業者や交通状況などの事情にもよります。)

※バックは梱包の関係上「四つ折り」にしてお送りいたしますこと、ご容赦願います。

ページ下部の「カートへ入れる」よりご注文頂けます。

在庫と発送に関して

上記の「在庫状態」が、在庫有りの表示になっている場合は、手元に在庫がございます。
概ね、入金確認の翌日に発送手続きさせて頂きますが、発送対応ができない予定の日程もございますので、発送対応予定日カレンダーにてご確認を賜りますと幸いです。
配達は発送手続きしてから2日~4日後(北海道・沖縄除く)の予定です。(運送業者や交通状況などの事情にもよります。)

在庫希少の表示の場合には、原則として「取り寄せ」となり、発送手続きまでには1週間~2週間程度頂きます。

この商品の配送方法は「クリックポスト(日本郵政)」のみとなり、送料として200円(税込)別途申し受けます。
ポストへの投函となり、配達日や配達時間指定はできません。
※プレゼント同封のため、1個ご注文毎に送料が必要。

日本の国宝天守五城「オリジナル」A4クリアホルダー(クリアファイル) 【プレゼントあり】

国宝天守5城クリアホルダー
T-0021

日本の国宝天守五城「オリジナル」A4クリアホルダー(クリアファイル) T-0021

日本が世界に誇ろ、現存の国宝天守(姫路城、犬山城、松本城、彦根城、松江城)の5城を印刷した、戦国武将研究会オリジナルのクリアホルダー(A4用紙向け)です。
印刷のインクの乾燥に24時間以上、更に、UVカット保護対策を行うなど、仕上がりにもこだわっています。

国宝天守五城クリアホルダー

印刷はフルカラーで片面のみとなります。
見本写真は、白い用紙をホルダーに入れた状態にて撮影しています。

国宝天守五城クリアホルダー

ページ下部の「カートへ入れる」よりご注文頂けます。

国宝天守五城クリアホルダー

同じ絵柄のステッカーも新入荷しました。

在庫と発送に関して

上記の「在庫状態」が、在庫有りの表示になっている場合は、手元に在庫がございます。
概ね、入金確認の翌日に発送手続きさせて頂きますが、発送対応ができない予定の日程もございますので、発送対応予定日カレンダーにてご確認を賜りますと幸いです。
配達は発送手続きしてから2日~4日後(北海道・沖縄除く)の予定です。(運送業者や交通状況などの事情にもよります。)
このA4ホルダーは1個1送料となります。

在庫希少の表示の場合には、原則として「取り寄せ」となり、発送手続きまでには1週間~2週間程度頂きます。

この商品の配送方法は「クリックポスト(日本郵政)」のみとなり、送料として200円(税込)別途申し受けます。
ポストへの投函となり、配達日や配達時間指定はできません。
※複数商品ご購入時送料が過剰となった場合には、のちほど合計金額調整させて頂きますので、決済までお進み願います。

在庫と発送に関して(よくお読み願います)

この商品の配送方法は「クリックポスト(日本郵政)」のみとなり、送料として200円(税込)別途申し受けます。
ポストへの投函となり、配達日や配達時間指定はできません。
※プレゼント同封のため、1個ご注文毎に送料が必要。

配達は発送手続きしてから2日~4日後(北海道・沖縄除く)の予定です。(運送業者や交通状況などの事情にもよります。)

下記カートに入れるの「在庫状態」の表示により、出荷次期が異なります。
「在庫あり」は、手元に在庫がございますので、ご入金確認後に発送手続きが可能です。
概ね、入金確認の翌日に発送手続きさせて頂きますが、発送対応ができない予定の日程もございますので、発送対応予定日カレンダーにてご確認を賜りますと幸いです。

「在庫希少」の商品は「取り寄せ」となり、販売価格が2つ掲載されています。
割引価格(上段)をご注文の場合には、ご入金確認後「約2~3ヶ月後」の出荷予定となります。 ゆっくり生産致しますのでお安くなりますが、発送までかなりお待たせ致します。
通常価格(下段)をご注文の場合には、ご入金確認後「約5週間程度」での出荷予定となる見込みです。(出来る限り急いで生産致しますが、受注生産につき、遅れる場合もあります)

プレゼント

お届けまでお待たせするお詫びと、皆様への感謝も込めまして、只今、下記のオリジナル「不織布バッグ」を、もれなくプレゼントさせて頂いております。

プレゼント
不織布バッグはA4サイズ(W26cmxH34cm)で、2リットルのペットボトルが1本入るくらいの大きさです。 ※パソコン・スマホの画面で表示される色は、実際の商品の色と異なって見えます。商品やバックも含めて、皆様がご覧になっている画面によっては、実際の物と暗め・明るいなど色合いが微妙に違う印象となりますので、ご了承願います。

※プレゼントは無くなり次第、終了致しますが、その場合には84円切手1枚のご同封に代えさせて頂きます。

ご注文は下部にある「カートへ入れる」よりお願い申し上げます。

対応案内

戦国武将研究会の高田と申します。
この度は「戦国浪漫グッズ通販」をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。
オーダーメイド品(受注生産品)を中心に、他ではなかなか手に入らない、戦国グッズ類をご紹介させて頂いております。

お支払い方法はPyaPal(クレジットカード、都市銀行など)のみ対応しています。
ペイパル新規登録キャンペーン
※PayPal(ペイパル)はクレジットカード支払いのシステム名でありPayPalに会員登録しなくてもカード決済可能です。
銀行振込(楽天銀行)ご希望の場合には、お申込前に「銀行振込希望のご連絡」頂いた場合のみ、対応させて頂きます。
送料には梱包料が含まれます。

「在庫希少」の商品は、お取り寄せ・受注生産品につき、入金確認後、お届けまで日数を頂きますことご容赦願います。
「在庫有り」の商品に限りましては、入金確認の翌日に発送手続きさせて頂きますが、発送対応ができない予定の日程もございます。
「売切れ」の商品は、取引先の状況により3~4週間程度で入荷が見込める場合がありますので、ご希望の場合にはお問合せよりご相談賜りますと嬉しく存じます。

サイト内にある「発送対応予定日カレンダー」にて、対応できない日程などをご確認を賜りますと幸いです。

発送業務休日は、出張していることもあり、発送だけでなく、ご連絡・ご返信対応もできない場合がございます。

また、在庫希少品(取り寄せ品・受注生産品)は、記載の通り日数を賜りますので、ご確認申し上げます。

配達は発送手続きしてから2日~4日後(北海道・沖縄はプラス1日)の予定です。(運送業者や交通状況などの事情にもよります。)

お客様都合によるご返品・交換対応には応じることはできない条件での販売となっております。
恐れ入りますが、ご理解・ご協力のほど、お願い申し上げます。
International shipping
日本全国送料一覧と返品案内 特定商取引法に関する法律による表記

激安マイ甲冑キット 廉価版 手作りオーダーサイズ甲冑自作基本セット (販売終了)

KA-KIT-01

激安マイ甲冑キット 廉価版 手作りオーダーサイズ甲冑自作基本セット KA-KIT-01

製作者多忙につき、販売を終了させて頂くことになりました。

販売が継続できるよう、模索致しておりますが、今のところ、見込みはありません。

かわりに、甲冑類のレンタルをご用意致しましたので、ご検討賜りますと幸いです。

甲冑類の格安レンタル

甲冑制作教室は、今後も、開催できる可能性があるようです。

ご迷惑をお掛け致しますこと、深くお詫びを申し上げます。

戦国系ストラップ「出陣中」オリジナル~裏面も同じ絵柄【プレゼントあり】

戦国ストラップ
T-0005

戦国系ストラップ「出陣中」オリジナル T-0005

オリジナルのストラップです。
デザインはオリジナル・ステッカー「第2弾」のものを加工してあります。
在庫限りで販売終了致します。

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オリジナル「城攻め」新型ステッカー限定品 クルマの後ろ窓に UVカット・耐水 戦国武将シルエットタイプ 割引あり

お城ステッカー
T-0001

戦国武将研究会「オリジナル」ステッカー【オリジナル「城攻め」ステッカー限定品 クルマの後ろ窓に UVカット・耐水】T-0001の新型です。

戦国武将など1000記事が読める専門インターネットサイト「戦国武将列伝Ω」公式のオリジナル・ステッカーとなります。
“オリジナル「城攻め」新型ステッカー限定品 クルマの後ろ窓に UVカット・耐水 戦国武将シルエットタイプ 割引あり” の続きを読む